神話の中の鍵の位置づけ

最近私の周りでは、子供の名前に神話に出てくる人物の名前をつけるという人が増えている。私はあまり神話に興味がなく、ギリシャ神話とローマ神話の区別もいまいちよくわかっていないくらいなので、そういう名前を聞いても、キラキラネームとの判別がつかない。神話好きな人同士では、「あぁ、あの!」となるらしいけれど、こちとらさっぱり意味不明である。

私の友人の一人もやはり神話が好きで、子供にも神話に由来する名前をつけた。こじつけに近い形で漢字を当てはめた名前を初めて見せてもらったときは、どこかのキャバクラ嬢の源氏名みたいだね、と言いたくなるのを堪えた。でも彼女にとってその名前はとても由緒正しく愛のこもった名前なんだろう。

そんな彼女は昔から熱心に私に対して神話についての話をしてくれるのだけど、「馬の耳に念仏」ならぬ、「30代独身彼氏なし歴10年以上お局様の耳に神話」である。「古代神話に出てくるアッシリアのニニブ神がね…」という説明も、私には「小台三和で売ってるアジアのニシン漬けがね…」という風に変換されて聞こえてしまうので、一所懸命説明してくれる彼女には申し訳ないと思う。

要は、古代神話にはよくこの世と死後の世界のカギを握る神々が登場しているそうで、鍵は古くからこの世の支配権の象徴とされていた、ということが言いたいらしい。確かドイツでも鍵は妊婦さんにとって安産のお守りであると聞いたことがあるから、それだけ神秘的なものだったということだろう。日本で産まれ育った普通の人はそれほど鍵に対しての思い入れはあまりないと思うから、ドイツやその他の国の人が鍵に対してそういう気持ちは神話から来ていると言っても過言ではないかもしれない。

こんな私に神話を教えてくれる彼女に感謝しつつも、いつか私が産むかもしれない子供には、ザ・日本人みたいな名前をつけようと、心ひそかに誓うのだった。