泥棒と鉢合わせなんて二度とゴメンだ!

dorobou_keyあれは私がとある会社で営業をしていた頃の話だ。その会社は完全歩合制なので契約を多く取ることができれば給料もその分もらえるし、契約を一本も取れなければその月どんなに働いても給料はゼロという、今思えばブラックにかなり近い企業だったと思う。まだブラック企業なんて言葉もなかったし、私も社会人になりたての世間知らずだったので、そんなものかなと特に疑問を抱くこともなかった。とは言え、まだピヨピヨの私を信用してくれる顧客など殆どなく、最初の数か月間は学生時代のバイト代よりも少ないことがたびたびあったため、私はこのままその仕事を続けるべきか、やめて違う仕事に就くべきか、逡巡していたのだった。

そんなある日、私はその月も契約が数本しか取れていなかったため、一人で事務所に夜遅くまで残って電話で顧客にアポイントを取り続けていた。そして顧客に電話できるタイムリミットも迫ってきたので、帰り支度をするためにお手洗いに向かった。用を済ませ、軽く化粧直しをしていたので、その間事務所を留守にしていたのは5分程度のはずである。今日もまたアポイントすら取れなかった…と重い足取りで事務所に戻り、扉を開けたときだ。突然事務所の中から飛び出してきた人と衝突し、私は廊下にふっとばされてしまったのだ。

あまりに突然の出来事に、私は事態を把握することができなかった。しばらく茫然としたのち、私は「ど、ど、どろぼーっ!」と素っ頓狂な声で叫んだ。すると同じビルの違う事務所の人が飛び出して来て、私はしどろもどろになりながらも事情をなんとか説明した。それから事務所の社長が来たり警察に事情を聞かれたりと、その晩はくたくたの散々だった。結局それがきっかけになり、私はその会社を辞めることにしたのだった。

もちろん、再就職先は警備のきちんとしたところを探した。泥棒と鉢合わせなんて、二度とゴメンだからである。